ヒトリダチ

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2011年 9月29日(木) 晴れ ③

気が付けば旅も終盤に

気持ちの良い天気が続いています。新潟を走り続けて、今日は長野県にほど近い十日町市まで移動しました。

明日、長野県の飯綱高原にある石窯パン「ベッカライ麦星」に立ち寄って、仕込みの見学や今後の相談などをさせてもらう予定です。
その後は、山梨との県境にある野辺山高原の「滝沢牧場」で行われるイベントを見て、山梨の綺麗な景色を見ながら、来週には神奈川に帰れそうです。

5ヶ月近い旅がそろそろ終わろうとしています。気が付けば走行距離は15000kmを越え、Rタイヤは3本、Fタイヤは1本、オイルは5回、チェーンとスプロケットは1回交換しました。ここまでトラブル無く走ってくれたエイプ100に感謝しています。

帰ってゆっくり休みたいという思いと、終わってしまうことの寂しい思いの両方を持ち、そんな時に秋の夕暮れ時を走っていると何とも言えない気持ちになります。田んぼの稲穂もすっかり刈り取られ、その風景にもまた終わりを告げられているようです。

途中で知り合った、自転車日本一周をしている友達3人も、東京にゴール、焼津までもう一歩、山梨も残り僅かのところまで来ているようです。みんなで無事に帰ろう。あと少しの道のり、何事もなく帰りたいものです。

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by nipponhike | 2011-09-29 21:06 | ■日記

2011年 9月29日(木) 晴れ ②

新潟県長岡市古正寺町3丁目25番地:小麦工房 ブルックリン

長岡ラーメン「いち井」の市井さんに教えてもらった人気のパン屋、「ブルックリン」にやってきました。市井さんも月に2回くらい買いに来ているそうです。

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目の前には大きな公園があり、雰囲気の良い場所にお店はありました。お昼時に行ったこともあって、15台ほどの駐車場は車で埋まっていました。

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「栗パン 115円」「古正寺メロン 80円」「ミニクロワッサン 30円×2」「くるみパン 110円」「メープルフレンチ 130円」。こんなに買いやすい値段で美味しいと、何回も来たくなる気持ちが分かります。このお店は「メープル」という、パン生地にメープルシロップを練りこんで筒状に焼き上げたパンが人気のようで、予約の札が付いたものもありました。

「ここでしか食べられない」「ここに来れば食べられる」というお店の顔になるようなものがあると強いですね。
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by nipponhike | 2011-09-29 20:09 | ■見学

2011年 9月29日(木) 晴れ ①

長岡ラーメン 「いち井」

現在、新潟を長野へ移動中です。そして昨日は燕三条ラーメン、今日は長岡ラーメンを食べます。新潟はラーメンでも有名ということで、先輩におすすめの店を教えてもらい、最後の贅沢をしています。

長岡ラーメンで一番と言われているお店の「いち井」。朝早く起きたので、開店までゆっくり時間を使いながら移動しましたが、1時間半も前に着いてしましました。

すると、店長の市井さんが出て来て、僕のバイク旅に興味を持ってくれて話が弾みました。市井さんは会社員を20年務めてから、ラーメン屋を始めたそうです。僕は石窯のパン屋をやるんですと言うと、自営業のアドバイスをしてくれ、この近くにある一押しのパン屋も教えてくれました。

長野で修行させてもらえるかもしれないことを話したら「長野なら近いから、修行を始めたら連絡ください。」と、連絡先も交換させてもらいました。とてもいい人です。

市井さんも準備に戻り、しばらく待つと開店時間の11時30分になったので中に入ったら、店の雰囲気に驚きました。白い壁に黒い柱や床がとてもモダンで、店員さんも丁寧な対応。ちょっとしたレストランに来たようです。

魚のダシが効いた醤油ラーメンは、本当に美味しくて美味しくて。
お店の雰囲気といい、ラーメンの味といい、一番と言われるだけの個性と質。勉強になりました。

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by nipponhike | 2011-09-29 19:06 | ■日記

2011年 9月28日(水) 晴れ ②

館長とのお話

しばらくビデオを見ていると、館長さんが帰ってきました。稲刈りは昨日終わったそうです。館長さんはマタギのシカリ(リーダー)を務めていましたが、最近現役を引退されました。

小玉川地区には現役のマタギが15人。その中の若い人の30~40代が3分の1で、マタギの文化が根強く残っています。その理由のひとつに、早い時期にあった開発のおかげがあったそうです。

時代と共にマタギでの生活はより厳しいものになっていきましたが、その頃の小国町の近くには鉱山があり、銅や石膏が取れたそうです。そして昭和の始めに、小玉川に水力発電所が建設され、そのため軍事部品の製造工場やセラミックス工場が近くに出来たのです。

道路が整備され、電気が通り、大勢の人が出入りすることで、発電所や宿場の雇用ができました。マタギと農業と仕事という3足のワラジを履くことで、マタギを続けることができたそうです。開発によって消えてしまう文化が多い中、日本に数少ないマタギの里がそのようなかたちで残れたことにとても驚きました。

もうひとつ興味深い話が。この地域の人たちに山での狩猟方法を教えてくれたのは、あの秋田の「阿仁マタギ」なんだそうです。その昔、彼らがここに来た時に狩猟の術や山への信仰を伝え、今もその教えが残っていると聞いた時、感動しました。

先日訪れた「阿仁マタギ」に再び出会えたような気持ちと、彼らが狩りをしながら旅を続け、遠方の土地に伝え歩いていたことの驚きで、胸が熱くなりました。
この離れた土地で、マタギ言葉や作法に多少の違いはあるけれど、山への信仰や考え方も共通しているのはなぜだろうと思っていた疑問が解けました。

先輩には、秋田からより遠い「秋山郷」にも阿仁マタギは来ていたと教えてくれました。マタギの中でも阿仁のマタギは特別な存在なのかもしれません。

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昔のマタギ、現代のマタギ、小国町の現状を通して自然との共存についてまとめられた本があったので買いました。この本には僕が今後考えて行くためのヒントが沢山載っています。
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by nipponhike | 2011-09-29 08:15 | ■見学

2011年 9月28日(水) 晴れ ①

マタギの館でのお話

今日は再び「マタギの館」にお邪魔して、テレビ放映されたビデオを見せてもらいました。

マタギの館には食事処もあり、館長と調理のおばさんの2人で運営されているようです。館長はまだ留守ということで、おばさんとお茶をいただきながらビデオを見ていました。

おばさんは小国町の産まれで、山やマタギの話をしてくれました。昔は「マタギ」という呼び方はなく、みんな「山衆(やましゅう)」と言っていたそうです。「ここの人たちにとって狩りは生活そのものだから、海に漁師が出るのと一緒。特別な事だとは思ってなかったよ。」と聞いて確かにそうだよなと、言われて気付きました。

里に動物が降りてくるようになったのは30年くらい前からで、それまでは見かける事も珍しかったとか。最近は、秋の収穫期になると猿が農作物を食べてしまうのが問題ですが、毎日里に降りてくるのではなく、トウモロコシやサツマイモがちゃんと育った収穫直前に来るそうです。「そろそろ収穫だねえ。」など話していると、「ダメダメ。猿に聞こえるよ。」という会話があるくらい、いい時に猿は農作物を食べて帰って行く。人間より賢い。おばさんは言っていました。

去年は全国でクマの出没が多かったのですが、小国町も例外ではなく、怖くて山菜採りに行く人はほとんど居なかったと聞きました。「動物愛護の人たちは殺しちゃダメと言うけれど、仕方がない時もある。ここに住む人間の生活も考えて欲しい。」
自然の保護、共存という考え方に、いろんな所でズレが生じていることを感じました。

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by nipponhike | 2011-09-29 07:40 | ■見学

2011年 9月27日(火) 晴れ ②

泡の湯 お客さんから山の情報

お湯から上がり帰る支度をしていると、後から入って来たおじいさんに声を掛けられ、マタギのことや山についての話になりました。

最近は秋になると「猿」が降りて来て、トウモロコシなどの農作物を荒らしたり、道路の真ん中に堂々と座り込んでしまったりなど、町の人は困っているようです。

「集落の人間が減ることで、集落の力が弱まり、動物が侵入してくるようになる。自然は思っているよりしたたかだ。」以前お話を伺った知床自然センターの人の言葉が浮かんできました。

昨日の館長の話では、「ナラ枯れ」や「ブナの葉喰い」が問題になっていて、どちらも害虫によるもののようです。その原因のひとつとして、「人が森を使わなくなった」ことも考えられるようです。
自然林でも、動物や人が程よく森を使うことで、森林は健康に保たれると前にも聞いたことがあります。「害虫」というよりも、窮屈な森を整理するための「森の使い」なのかもしれません。

最近は杉の花粉の量も増えていると聞きます。それは「森の叫び」なんじゃないかと誰かが言っていました。もう一度、森と暮らすことを考える人が増えたらいいなと思います。

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by nipponhike | 2011-09-27 20:27 | ■見学

2011年 9月27日(火) 晴れ ①

小国町 泡の湯温泉

昨日はマタギの館の前で寝ました。今日は文句なしの晴天で、小玉川の谷から遠くまで見渡せる山々と、キラキラと流れる川のおかげで、とても気持ちの良い朝を迎えることが出来ました。

マタギの館は本日休館日のため開きません。もう少しマタギのビデオを見たいのと、もしかしたら館長の話を聞けるんじゃないかと思い、明日まで留まることにしました。

飯豊山。間違いなく登山日和な日だったのですが、充分な準備をしていないのと、残念ながら今の僕には旅をする以外の元気が残ってないという状態のため、今後の楽しみとして取っておくことにしました。山は逃げない。

ということで、小国町の秘湯といわれる「泡の湯温泉」でゆっくりすることにします。ここは珍しい「炭酸温泉」で、白く濁ったお湯をよく見ると、細かい空気の泡であることが分かります。先輩に教えてもらった九州の「ラムネ温泉」を思い出しました。

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「源泉かけ流し・温度無調整」の泡の湯は丁度いい温度でゆっくり浸かることができます。ここは2~3人分の広さですが、僕が入った時は貸切り状態でした。
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by nipponhike | 2011-09-27 20:21 | ■日記

2011年 9月26日(月) くもり

山形県西置賜郡小国町大字小玉川535-1:マタギの館

山形県の小国町という、新潟県との県境に近い町まで来ました。今日は小国町の小玉川(こたまがわ)にある「マタギの館」という資料館を見学します。

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小国町の山奥にある飯豊山(いいでさん)は日本百名山のひとつで、国立公園に指定されている地域です。その麓にある小玉川という集落が、マタギの里として有名で、ブナやナラなどの自然林に囲まれた、小川がとても綺麗な場所です。

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昭和30年頃の集落の写真。一年の半分は冬といわれる豪雪地帯に、この建屋で暮らしていたそうです。カモシカの毛皮を防寒着にして、暖を取りながら厳しい冬を過ごす情景が目に浮かびます。

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写真中央にあるのが「クマ槍」。
「鉄砲の無い時代、クマを戦いに適した場所に追い出して、そこでクマを驚かせる。クマは怒ると立ち上がるので、その時にクマの月の輪(胸にある模様)を狙って突く。」と書いてありました。槍は2mくらいの長さです。村を守るため、養うためにマタギは命がけでクマと戦っていたことが想像できます。

クマを捕らえると、その肉などの配当は、初心者でもベテランでも平等に分け与えることが決まっていたそうです。絶対服従のシカリ(リーダー)は居ましたが、それ以上に横の繋がりの強さもあることが、自然を生き抜く中で重要だったのではないでしょうか。今後の日本も「横の繋がり」がとても大切なのではと僕は思っています。

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マタギについて書かれた本も幾つか紹介されていました。マタギも謎の部分が多いようで、大学で研究している教授もいます。実は「マタギ」という語源もはっきりせず、江戸時代より前からその様な狩猟集団がいたそうですが、正確な発祥の地や年は分かっていません。縄文時代からの狩猟民族の系譜を伝える「生き証人」ともいわれているので、ずっと昔から山に残り、生きてきた人たちなのでしょうか。

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なんと、「マタギの館」の館長さんは、もともとマタギをやっていた人でした。今日は稲刈りや用事があって、少ししかお話をすることが出来ませんでしたが、阿仁町では全員亡くなってしまったと聞いていたので驚きました。小国町のマタギは何回かテレビで特集されたようで、そのビデオを見ながら最近の自然や動物についてを伺うことが出来ました。
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by nipponhike | 2011-09-27 09:22 | ■見学

2011年 9月25日(日) 晴れ

山形県 村山市まで来ました

阿仁町から内陸を南下し続けて、山形県の村山市まで来ました。大雑把に言うと山形の真ん中あたり、宮城県寄りの場所になります。

村山市には「奥の細道」で有名な「最上川三難所」という、川下りの難所がある地域だそうです。旅の途中、「芭蕉ゆかりの~」「奥の細道~」と書かれている場所を幾つか通りました。僕は奥の細道について全く知らないので、帰ったら調べてみようと思います。

今日は田園風景の中を走り続ける、ゆったりした1日になりました。途中に幾つか街が現れて、大型スーパーやチェーン店の並びを見たら、本州に帰って来たんだなと改めて思ってしまいました。チェーン店は現代の象徴ですね。

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by nipponhike | 2011-09-26 08:12 | ■日記

2011年 9月24日(土) 雨 のち 晴れ ④

秋田県北秋田市阿仁打当陣場1-39:阿仁クマ牧場

マタギ資料館から数分のところに「クマ牧場」があることが分かったので、閉園ぎりぎりでしたが行ってみることにしました。

本州に棲息するクマは「ツキノワグマ」、北海道には「エゾヒグマ」というように、はっきりと別れています。ここのクマ牧場には100頭ものツキノワグマが飼育されていました。そして、僕はクマを見るのは初めてです。

園内をひと通り周ったあと、係りの人にいろいろ聞いてみました。ここのクマは少数の野生から少しずつ繁殖させて現在の数になっているということで、殆ど野生ではないそうです。僕は、里に降りてきて帰らないクマを保護しているのかと思ってましたが、違いました。

里に降りてきたクマは基本的に「猟友会」の人たちが対応します。人に危害を与える危険性が高い時は射殺されてしまうのですが、阿仁町では「奥山放獣」といって捕らえたクマを山の奥まで運び、トウガラシ成分のクマスプレーを浴びせて逃がすことで、里に降りて来ないようにするやり方で対応しているようです。

でも、クマは早朝に栗や柿を食べに来て、人間が起きる前に山に帰ることが多く、クマが現れる場所もだいたい分かっているので、人が気を付ければ大きな問題にはなりにくいそうです。昨日のおばあちゃんの話と重なります。

係りの人はクマは増えても減ってもいないという考えでした。でも正確な答えは無く、大学や一部のグループで研究や調査はしているけれど、クマの専門家という人は殆ど居ないそうです。クマは一日に20km以上も歩くこともあり、行動範囲が広い動物なので、調査が難しいということも教えてくれました。実は謎の多いクマですが、棲み分けさえ出来ていれば謎のままでも良いかなと僕は思います。

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僕はここを見て、正直に言うとかわいそうだなと思いました。下は全てコンクリート。木や緑は無く、クマの数に対して場所が狭い。時間が来ると餌が与えられて、それの繰り返し。ここで何か調査をしているわけでもないそうです。

わいどの木の社長が言った「動物は獲って食べるもの」の意味が少しわかった気がします。野生に生き、人間に負けたら食べられる。不自由に飼われるよりよほど自然だなと思えたのです。ただこれは、自然に対する感謝の思いがあってはじめて成立することです。やはり、マタギの精神ですね。
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by nipponhike | 2011-09-25 19:40 | ■見学