ヒトリダチ

2011年 9月28日(水) 晴れ ②

館長とのお話

しばらくビデオを見ていると、館長さんが帰ってきました。稲刈りは昨日終わったそうです。館長さんはマタギのシカリ(リーダー)を務めていましたが、最近現役を引退されました。

小玉川地区には現役のマタギが15人。その中の若い人の30~40代が3分の1で、マタギの文化が根強く残っています。その理由のひとつに、早い時期にあった開発のおかげがあったそうです。

時代と共にマタギでの生活はより厳しいものになっていきましたが、その頃の小国町の近くには鉱山があり、銅や石膏が取れたそうです。そして昭和の始めに、小玉川に水力発電所が建設され、そのため軍事部品の製造工場やセラミックス工場が近くに出来たのです。

道路が整備され、電気が通り、大勢の人が出入りすることで、発電所や宿場の雇用ができました。マタギと農業と仕事という3足のワラジを履くことで、マタギを続けることができたそうです。開発によって消えてしまう文化が多い中、日本に数少ないマタギの里がそのようなかたちで残れたことにとても驚きました。

もうひとつ興味深い話が。この地域の人たちに山での狩猟方法を教えてくれたのは、あの秋田の「阿仁マタギ」なんだそうです。その昔、彼らがここに来た時に狩猟の術や山への信仰を伝え、今もその教えが残っていると聞いた時、感動しました。

先日訪れた「阿仁マタギ」に再び出会えたような気持ちと、彼らが狩りをしながら旅を続け、遠方の土地に伝え歩いていたことの驚きで、胸が熱くなりました。
この離れた土地で、マタギ言葉や作法に多少の違いはあるけれど、山への信仰や考え方も共通しているのはなぜだろうと思っていた疑問が解けました。

先輩には、秋田からより遠い「秋山郷」にも阿仁マタギは来ていたと教えてくれました。マタギの中でも阿仁のマタギは特別な存在なのかもしれません。

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昔のマタギ、現代のマタギ、小国町の現状を通して自然との共存についてまとめられた本があったので買いました。この本には僕が今後考えて行くためのヒントが沢山載っています。
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by nipponhike | 2011-09-29 08:15 | ■見学